木がつくる世界──なぜ檜なのか
講座でもクライアント様へのご提案でも、私の創香では木の香りがとても大切だとお伝えしています。なかでも檜(ヒノキ)。では、なぜ檜なのか。
日本固有の樹木である檜は、北海道を除く広い地域に自生します。日本の湿度に合う樹種であり、古来、各地の寺社仏閣に用いられてきました。昨今話題の国宝を収める正倉院も、約1300年前に檜を多用して建てられた、まさに日本を代表する木の建築物です。
そして——京都の家の、黒く光る急な木の階段の匂い。全国の寺社で木々に囲まれた境内の清々しい匂い。温泉宿の檜の湯桶。これらは私の記憶に強く残っています。
檜は華やぎではなく、静けさとすっとした清潔感で空気を調え、会話のトーンや身体のリズムをほんの少しゆるめてくれる気がします。また、室内の室礼、木・布・紙・石といった素材との馴染みもよく、長く居ても心地よく疲れにくい。さらに産地ごとに表情が違い、設計の中で微細な変化を加える大切な役割を担います。
「目立たず支える。」 その静かな佇まいと品のよさに、日本を感じます。これは私の創りたい香りに通底するもの。だからこそ、私は檜を軸に据えています。
今日は、私が感じる「檜の表情」を少しだけ。
和歌山:私にとっての王道。熊野古道に象徴される聖地の落ち着きと静けさ、そして湿り気を含むやわらかさ。
木曽:まっすぐで力強く、凛としてぶれない。輪郭が崩れにくく、いにしえを感じる安定感を生む厳かな香り。伊勢神宮の式年遷宮でも檜は大切な役割を担っています。
長野:冷涼で澄む。トップが軽やかに立ち上がり、青く広がる印象。さまざまな木の精油と重ねると、深い森のイメージが立ち上がる。
九州:明るさと広がりを感じる。肥沃な大地の温度を思わせる素直な表情で、温かさ・力強さを添えたいときに。
同じ「檜」でも産地はもちろん、樹齢・部位・抽出条件によって大きく表情が変わります。 大切なのは「良し悪し」ではなく、その香りで「何をあらわしたいのか」というデザインの視点。その視点が、素材を場に活かす香り創りの最初の一歩になります。